とうはくさん

等伯さんの 柳橋水車図
今見てもモダンな画法ね

後の琳派への流れの元となったそうです






コメント

  1. にゃーるほどね。(=^・・^=)

    「長谷川等伯は室町時代の末、能登国七尾に生まれ、20歳代には絵仏師として能登で活躍、その頃にはすでに京都を往来し、30歳代中頃に正式に京都へ移住したとみられます。上洛後は長谷川一派を率い、画壇の実力者・狩野派に対抗して豊臣秀吉の仕事もこなし、大寺院の障壁画なども描いて活躍しました。」

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